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万聖節の起こり

 万聖節はローマの収穫祭(幽鬼祭)に始まったと伝えられる。降誕祭、聖母昇天祭(8月15日)とともにカトリックの三大祝日のひとつで、信徒はこの祝日のミサには何をおいても出席しなければならないとされた。

 聖グレゴリウス1世 Gregorius I (在位590〜604)は、古い宗教の祭儀のおこなわれた同じ場所に、教会を建てる命令を出して改宗を容易にしようと考えた。601年にカンタベリーのアウグスティヌス(?〜604)に宛てた手紙の中でも、「そのような古い異教の祭りをやめさせるのではなく、それを祝う理由だけを異教のものからキリスト教のものに変え、それらが教会の典礼に適合するようにせよ」と命じ、古い宗教の祝祭をキリスト教の中に取り入れる方針をとった。

 聖ボニファティウス4世 Bonifatius IV (在位608〜615)は東ローマ皇帝フォカス Phokas (在位602〜610)から、アグリッパが前27年に創建させたローマ神殿「パンテオン Pantheon 」を寄進された(実際は605年頃、教皇がフォカス帝にパンテオンを下賜されたいと申し入れた)。教皇はこれを聖母と殉教聖人たちに捧げ、サンタ・マリア・アド・マルティレス S. Maria ad Martyres (聖マリアと諸殉教者聖堂)という名前の教会にして、610年5月13日にその献堂式をおこなった。

 聖グレゴリウス3世(在位731〜741)が最初に万聖節を11月1日に聖ピエトロ聖堂で祝った。グレゴリウス4世は献堂の祝日を5月13日から11月1日に変更して、全教会が万聖節を祝うよう定めた。グレゴリウス4世の頃には、献堂の祝日におびただしい信徒が押しかけてくるようになり、ローマ中で食べ物が不足して満足に祝日をおこなうことができなくなってきていた。そのため穀物やブドウの採り入れが終わり、食料も豊富になっている11月にこの祝日を移動したのである。

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