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聖マルタンについて

 聖マルティヌス司教(フランスでは聖マルタン、ドイツでは聖マルティーン) S. Martinus E. (St. Martin, eveque/Bischof) は4世紀に活躍し、殉教を遂げずに聖人となった最初の人物である。ローマの近衛部隊に所属していた頃、半裸の乞食に出会い他に施すものがなく、着ていたマントを半分に切り裂いて着せた。その夜、喜捨した半分のマントを着て周囲の天使に語るイエズスが彼の夢に出てきたという。

 その後は洗礼を受けて修道士としての道を歩み、フランス中西部のポアティエ Poitiers の司教ヒラリウス Hilarius のもとで聖職者としての修行を積んだ。360年頃ポアティエ近郊にリギュジェ修道院 Liguge を設立する。アルプス以北のヨーロッパで最初の修道院として、彼を慕う多くの苦行者や修道士が各地から集まったという。

 371年、民衆に推されてトゥール Tours の司教となり、372年にはトゥール近郊のマルムチエ Marmoutier に修道院を設立し、聖職者の養成と伝道活動を精力的におこなった。貧者の守護聖人とされ、ガチョウや白馬などを象徴とする。死の直後からさまざまな伝説がつくられ、聖ニコラウスに次いで人気のある聖人となっている。フランス、ドイツ、イギリスで崇敬され、ブドウをロワール川流域の丘陵へ本格的に導入した人物ともみなされる。

 507年にクローヴィスが西ゴート族をうち破った際、その勝利は聖マルタンの霊の導きによるものとされ、以後フランク王国の守護聖人となった。聖マルタンの祭式用マントはトゥールに保管され、フランスで最も崇敬を集める聖遺物となった。

 カペー朝の始祖ユーグ Hugues (在位987〜996)の異名カペー Capet (「マントをまとった」の意)は聖マルタンのマントにちなみ、「袖なしマント cape 」はカペー朝を守護する神秘的な役割を果たした。礼拝堂 chapelle (英語ではchapel) という語は、もともとは聖マルタンの祭式用マントが保管された場所(後期ラテン語で capella →頭巾つきマントを意味する cappa の指小辞)を指している。

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